玄界灘はひとまたぎ
 そろそろ帰えろうか、としてる頃に
どやどやとお客様が入って来ました。
 だけど言葉がまるで通じません。
お互いに一生懸命手振り身振りを
するけれど、さっぱりでした。
 「英語は話せるの?」と英語で
聞きましたが、それも通じません。
 私の発音が悪かったのかな?
 
 そこへ首に『通訳』と大きく書いた札を
ぶら下げたおばさんがやって来て、
 「私たちは韓国からカラツのカラシマ?
カカラシマ?へやって来ました。クダラの
ナントカ王様の銅像も建っていて、
式典もあるので、それに出席にやって来たのです」
 
 それはまるで聞き取れなかったけれど、
うちに帰ってからインターネットで調べた結果、
どうやら佐賀県鎮西町の加唐島(百済名で言うと各羅島?)
のことを言っていたようでした。確かにそこには百済の
25代目の王である武寧王の出生伝説があります。
 イヤ伝説なんぞではなく、その武寧王の
墓誌には、そのことがはっきりと記されていたンだとか。

 それにしても古代日本は如何に朝鮮半島との交流が
頻繁に行われていたのか、おおよそ想像がつきますね。
 「ここにある江田船山古墳も、お国のものと
造りがどこか似ているそうですよ」
 通訳のおばさんはにっこりと頷いておりました。
 本当に通じたの?
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by sobaya-mokuami | 2008-06-06 22:00
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