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ご縁が切れて、ちょうど一ヶ月経ちました。でも・・・
 歌舞伎役者『吉右衛門さん』の語りを・・・
 要するに『芸談』というヤツです。『語る』という
朝日新聞の連載コラムで、各界の有名人をピックアップして
何かしら語らせようと言う名物のシリーズものです。
 
 七月という月は、只でさえ暑い上に、政治家や官僚たちの
あまりにもくだらない失言騒ぎや無責任さや、保身の為の
言い逃ればかり、果ては辞任騒ぎまであって、うんざりする程
さんざん聞かされておりましたので、一服の清涼剤がわりにでも
なればと思い、私は楽しみながらその記事を読んでおりました。
 文章そのものは、7月10日から14回に亘って、本人さんが色々と
語ってくれたものを山根由起子というライターさんが聞き書きしたものです。
 
 かねがね私は、吉右衛門さんそのものの風貌が好きなんです。
 実は昔、取引していた堺の刃物問屋の親爺さんに似て、
静かで温厚なお人柄なんかも・・・そっくりなんで。

 ただしご本人は、当初スタートした女形としては
背が高すぎるし、地味でもあるし・・・と、若い頃は色々と悩みつつ、
それでも誠実に、役者としての本分も忘れることなく、
歩一歩と努力してこられたみたいです。そこもいいですね。
 近頃の薄っぺらい政治家どもとは、そこが違います。
 連中は、自分の『本分』と言うものを判っているのかどうか。

 しかも、「最近になってやっと役者が自分の『天職』だと
思えるようになって来た」という台詞にちょっとしびれましたね、私は・・・。
 だって、私は、その天職めいたものだと思っていたのを、
ついこの間、取り上げられたばかりですから・・・
 それも・・・まるでわかっちゃいない町役場の若い連中に。
 もっとも私の場合は、それでもなんとか、「したたかに楽しみながら
別の形でやってはゆこう」と、目論んではいるんですけれど、それなりに・・・
 さあて、どうなりますやら、お楽しみに・・・といった所でしょうか。
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by sobaya-mokuami | 2017-07-31 18:47
お店をたたんで、早くも一月たちました・・・
月日の経つのは早いものですね、先月25日に
民家村ゲート脇の『蕎麦屋木阿弥』を畳んで、
早くも一月たってしまいました。

 その間、「何をしていたのか」だって?特に何も
してはおりません。強いて申せば・・・一口に申せば、
今はやりの『終活』です。人生の店仕舞に向けての
準備かれこれと言った所でしょうか。衣類やら雑貨やら
厄介なモノの数々をどう処分したら良いのか、
頭を悩ませて、エイッと処分してきた毎日でした。

 そうして今、実に久しぶりに静かな夕べを迎えております。
 いえね、実はつい昨日までは土地の夏祭りに参加していたので、
それなりに忙しくもあったからなんです。私どもの祭りは
そんじょそこいらにあるような普通の祭りとは全く様相の異なり、
異様な熱気に包まれてしまう伝統の『大蛇山』夏祭りです。
 
 無論、手作りの大蛇の顔をした山車につく若者が
祭りの主役なんだけけれど、子供には子供の、囃子方とか
山車の綱引きとかの重要な役割があるし、娘達には
娘達の、単調な激しいリズムに乗って、次第次第に
トランス状態になって行き、しまいには観客さえもを
忘我状態に巻き込んでしまうと言う、なんとも形容し難い
激しい踊りがございます。
 
 かねがね私は「大牟田のおらん所の祭りは、なんと零歳から
百歳まで参加できる祭りなんじゃ」と嘯いておりますが、
全くその通りなんで、大蛇の口に噛ませられるという赤ん坊から、
街中へ出張ってこられた神様のお守役と言うか、お仕えするべく
かしこまって神前の広前に待機しているヨイヨイのお爺さんまで
何かしら出番のある、一家総出でやらなきゃならん大変な祭りなんです。

 「来るなら、最後の最後、クライマックスまでお見せしたいから、
夜更かし覚悟でいらっしゃい」と、かねがね蕎麦屋には
来て頂いていたお客様には紹介しておりましたので、
そのおつもりで来たいただき、最後までご覧になられて、
目を丸くしてお帰りになられました。「私まで熱くなってしまい、
本当に『トランス状態』になってしまいました」だったそうです。
 ね?だから、申し上げていたでしょ?
 来年こそは、大牟田んp『大蛇山』へ、どうぞ、
いらっしゃって下さい。七月第四の土日がそうです。
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by sobaya-mokuami | 2017-07-26 16:35
すったもんだの挙げ句には
 「蕎麦屋を廃業してからのこちら、『毎日が日曜日』の暮らしに、
少しは慣れたか」だって?いやいや、そういう落ち着いた心境には、
残念ながら、まだまだ到ってはおりません。
 悠々自適の、時に茶室(もちろん、我が家にはないけれど)に籠って、
お抹茶でもたてて啜るような・・・
 そういう静かな境地には、いささかほど遠い毎日ですなあ。

 と言いますのも、随分片付いて来たとはいえ、
まだまだそこらには、数ヶ月間我が家を占拠していた
娘達の細々した道具類がそこいら中に転がっているし、
洗面道具類やら何やらと、生々しい痕跡さえもが
家中至る所に残っています。「おい、これらのモノは、
早急になんとかしろよ」とは、言ってはいるのですが。
 「ハイハイ」と、なかば上の空で返事はして呉れるものの、
奴らも連日忙しくしてますからね。強いことは言えません。

 それに、私たちは私たちで、大きくてけっこう場所をとる
蕎麦屋の道具たちの置き場所さえも、最終的にはまだ決めてはおりません。
 そういう状態が続く中での整理だから、気ばかりは焦るものの、
すっきり片付けようにも、なかなか埒があかないのです。

 物の本によれば、現代のアメリカ人は死ぬまでに約3000万点の
モノに囲まれて暮らして居るんだそうですね。そう言えば、
私達の若い頃から比べれば日本人だって、随分どうでも良いような
ガラクタに囲まれて暮らすのが、当たり前のようになっています。
 『断・捨・離』が流行る訳ですよね。昔、よく耳にしていた
『シンプルライフ』は、どこへ行ってしまったんでしょうかね。

 なお、その上に増えに増え続けている本の整理もあって、
この際にと思って、相当に処分はしたものの、それでも尚、
日に日にとまでは行かずとも、いつの間にか増殖し続ける
本や雑誌、パンフレットなどなどのガラクタには、
なまじっか重たいだけに、ホトホト手を焼いています。

 思いきって辞書や地図や雑誌の類い、つまりリフアレンス関係、
の本だけはまとめて狭い廊下に置き、文庫本だけは私の寝室に、
既存の本棚に特別の板を用意して、収納することに致しました。
 これにはちょいとした工夫を凝らし、空いたスペースが無いように
文庫本が乗るだけの奥行き15㎝の細い棚板を
びっしり細かく間に差し込んでの、苦肉の策です。
 
 それにしても、現代人はモノを持ちすぎていますよね。
 『松下禅尼』というお方は、死ぬ前には、殆どのものを人に譲ったりして、
端切れ一枚粗末にはせず、整理し尽くして、一切のものを持たずに
亡くなってゆかれたそうですね。どうぞ神様、私が死ぬ時、
我が家がガラクタに囲まれてのゴミ屋敷になりませんように・・・
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by sobaya-mokuami | 2017-07-16 11:17
今日は七夕だそうな
 夕方、お節句の飾りを大々的に販売している友人の店の前を通ったら、
呼び止められて、「折角だから笹を持ってゆくといい」と薦められました。
 「そうか、今日は七夕か・・・」と思いつつ、引っ越しのいくつかは
済ませたものの、家の中は家財道具などで
てんでまだ片付いてはいないし、そんなところへ持って帰っても
「ゴミになるだけだから要らない」と、それでも丁重に断ると、
「しょうがないヤツだ」と、嗤われてしまいました。
 嗤われたのは当然で、「折々の季節も楽しめないで、
心の余裕とてなく、相変わらずお前は無粋なヤツだ」という
意味だったのでしょう。相変わらずは余計ですが、当たっています。

 ところで、肥後民家村での『蕎麦屋』を畳んでから、
早や、12日も経ってしまいした。その間、のんびりと遊んでいたかと言えば、
もちろんそう言うことはない。これでも結構、忙しかったのです。
 26日から月末までは、もちろん民家村からの蕎麦屋の引っ越しの準備と、実施、
後のお掃除。それだけでもかなり大変な作業でした。

 しかしそれだけにはとどまらず、今月に入ってからは、
娘達の事情もあって、数ヶ月間だけの仮住まいとはいえ、
とあるマンションから、本来の自宅への引っ越しが重なりました。それで、
やっと、それも、ホンのさっき、パソコンの前に坐れたのでありました。

 これには事情がありまして、実は私達は市の中心部にある
今ではシャッター通り化しているアーケード街の一角にある、
古いビルに住んでいるのですが、そこの1F店舗部分を
事務所として「使ってあげても良い」と、娘達夫婦から申し出があり、
その為、改装期間中の数ヶ月程は私達3Fの自宅を明け渡し、
仮に使わせていた娘達を、今度は新装なった1Fの事務所へ移させることで、
この数ヶ月間で私たち親子は通算四度の引っ越しをする羽目になったからです。
 このてんやわんやで、さすがの私もぐったり状態なのであります。

 それでも嬉しいことに、有り難いことに、蕎麦屋の閉店騒ぎに関しては、
実に様々の方々からの応援があり、心強く思っていたのでしたけれど、
その後も(つまりは閉店後も)また多くの方々から、励ましのお電話やメール、
お葉書などをたくさん頂きました。また私達夫婦が開店準備をしていた様を
記録した写真数葉を送って下さった方まであり、果ては別の方ながら、
ご自分のブログでの『蕎麦屋木阿弥』の懇切丁寧なご紹介をして頂きました。
 
 このブログは「民家村には、かつて、こういう素敵な蕎麦屋があったんだよ」と、
言って頂いているような素敵なご紹介でした。一連の騒ぎからこちら、
たかが蕎麦屋にしてはそれこそ身に余る『栄誉の数々』を、
このように沢山の方から頂いた心地がしております。ほんとうに
皆様、ありがとうございました。どうぞ、これからもよろしく
お願い致します・・・。
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by sobaya-mokuami | 2017-07-07 22:08
長らくのご愛顧、有り難うございました。
 蕎麦屋木阿弥の営業は先月25日の日曜を以て、
約15年間(正確に申せば、14年と9ヶ月弱)の幕を
無事?閉じることが出来ました。茲に謹んでご報告申し上げます。
 何もかも引き払い、清掃して、町の職員には30日の日に鍵も渡して
晴れ晴れとした気持ちで、自宅のある大牟田へ帰って参りました。

 皆様には、本来ならば、何をさておいても一番に、
ご報告を申し上げねばならない所でしたけれど、
閉店の手続きやら撤収の手配、かれこれにて、
ついついご連絡が遅れてしまいました。
 たいへん申し訳ございませんでした。

 それにしても、かく多年に亘り、地域の皆様を始め、
多くの常連様、そして通りがかりに偶々寄って食し、
褒めて下さった実に多くのお蕎麦好きの方々にも、
心より厚く御礼申し上げます。有り難うございました。

 また、町から突然に言い渡された『退店通告』に関して、
「それはあまりにも実情を知らない酷いやり口だ」だとする
沢山の方々の力強いご支援がありましたことは、私にとりましては
何者にも代え難い『思い出』にもなりましたし、
子々孫々に自慢できる晴れがましい『勲章』にもなりました。
 心から厚く厚く感謝申し上げます。
 
 この、一見「不調に終わった」とも思える
無謀な「異義申し立て運動」ではございましたけれど、
一介の蕎麦屋ふぜいが、町を相手どり「問題提起した」意味は
平穏無事な田舎町に案外無視できない程の、「大きなインパクト」を
与えたとも思いますし、今後ともに町の皆様が
更なる鋭い問題意識を以て町の運営や民家村経営に注目して頂き、
どしどし発言して頂けるならば、私の望外の喜びとする所でもあります。
 要は「我が愛する民家村のためになるなら・・・」であります。

 それにしても、思い返せばこの年月は実に楽しい時間でした。
 蕎麦屋家業を通じ、多くの方々と並々ならぬ熱い親交を深め、
存分に楽しませて貰いました。そして最後の最後まで、
運動にご協力頂いた町の方達、さらには清掃と引っ越しの
お手伝いに駆けつけて来て下さり、最後にはなんと!差し入れまで
して下さった「お友達」にも厚く御礼申しあげたいと思います。
 特に、管理人さんの筒井さんには、解体の為の
大工仕事や運搬雑用までさせてしまいました。

 ともあれ、趣味で始めた覚束ない腕前の蕎麦屋ながら、
終始大変なご好評を頂き、もったいなくも最後まで愛され続けて
終わった蕎麦屋稼業でした。大げさではなく本当に惜しまれて
惜しまれての十五年間でもありました。
 皆様には、ですから感謝の言葉もありません。ただただ頭を下げる思いです。
ありがとうございました。

 「これから、どうするんだい?」と、よく訊かれますが、
「この齢だから、お店を出すつもりはありませんが、
それなりのやり方はあろうかと考えておりますので、
ご安心ください。そのうちにまた何らかの形でご案内を差し上げます」と
申し上げております。どうぞそのおつもりで、
時々はこのプログを覗いて見て下さい。では、また。
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by sobaya-mokuami | 2017-07-02 14:51